└─
TopPageKakueiMailBack


 

ゴメン! 公演等の講演・音楽ファイルを準備しています、しばらくお待ちください。

*-------------------------------------------*


【左馬の助湖水渡り】
 
「葉隠」に武士道とは死ぬことと覚えたり。戦国武将で最も華麗な最期を遂げたのは明智左馬之助(光秀の娘婿)である。

 追われる羽柴の大軍を尻目に、琵琶の湖水を名馬大鹿毛で坂本の城をめざし、打出ケ浜から唐崎までの二里余りを乗り切る雄姿は、講談を読みなから今も目に浮かぶ夕陽に輝く緋縅金小実の大鎧、梅花七輪透かしの小手脛当て、二の谷の名兜はその馬術と相まって目も欺くばかり、さしもの羽柴勢もやんやの拍手を送る程であった。近江八景の読み込みで左馬之助の心の内を七五調で纏めた名修羅場は、古典軍談中の白眉である。

 この講談を演ずるに当たり、左馬之助の心に接したいと滋賀県大津市を訪れた。馬を乗り入れた打出ケ浜の石碑から坂本を望み、四百十数年前を偲ぶ。乗り渡った先の柳が崎の左馬之助光俊駒止めの松の石碑を同行の講談愛好者と一緒にタワシで磨き顕彰の心を捧げた。西教寺でその墓に詣で、大鹿毛の鞍や陣羽織を目の当りにした気持ちをこの一席にぶつけたい。

MP3 1.6MB 約26分
田辺一鶴 1990年頃の大津市での録音と思われる




TopPageKakueiMailBack