苫米地英人のブログを読んだ人のブログからのコピ-
般若心経の最後の部分は、苫米地さんも書いているように「ギャーテーギャテーパラソーギャテー」はサンスクリット語でも全く意味を成さないため、1200年の間翻訳されてこなかった。
それを苫米地さんったら!あくまで仮説としながら歴史上最も古い言語である「シュメール語」で翻訳しちゃったよ!すげ~!
日本で無理やり訳している方たち(翻訳した方たちは大真面目)もいるのでちょっとどんなふうに訳しているのか紹介しよう。
まずは日本語の原文
「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」
訳その1
「行くものよ 行くものよ 彼岸に行くものよ 悟りよ 幸あれ」
訳その2
「智慧よ 智慧よ 完全なる智慧よ 完成された完全なる智慧よ 悟りをもたらしたまえ」
とまあこんな感じだ。みんな大体この2つに分かれるか、混ざってる。
でこれを苫米地さんがシュメール語で解読すると
「とありたい、とありたい、からこそとありたくない、それでとあるのだ。」
う~ん!!
正に般若心経のまとめらしい一文ではないか!
般若心経での教えには「苦しみから逃れようとすればするほど苦しいのだよ」ということが含まれている。
そこにぴったり合致する。
サンスクリット語とシュメール語は僕が好きな言語だ。(全く読み書きできないけど 笑)
なんか神秘性を感じるんだよね~。人類の謎がここに隠されているような。。。
う~ん!!浪漫じゃの~!