町田宗鳳師の主催するSOHO禅 ありがとう断食二泊三日
御殿場 時のスミカへ行ってきました。
般若心経 ありがとう念仏 観音経をあげるのだが皆の声が声名か倍音のボイスヒ-リングか美しい音のシャワ-に身が清められる心地がいたしました。断食は 水分とりたいだけ取れます。
(水 柿茶 )青汁と にんじんジュ-ス 一杯ずつ。何より感激したのは 野草酵素のうまいこと。こいった飲み物があるので断食も楽しく最後まで出来ました。
最後はあけの朝食!!!大感激の ふろふき大根のうまいこと、梅汁の美味しいこと 野菜ステイックの味わい深いこと
感動と感激の楽しい会でした。またさんかします!!
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断食の会
西海市崎戸町 民宿 椿の宿
西海市は実相寺さんのご縁で西海市に呼んでいただいた。
東京から遠く離れたところにまだ日本の心が(金が第一ではなくてもっと大事なものがある)を実感できる民宿がある。
先代の福岡照一さんは 現存しているチヨさんと二人で故郷を離れて都会に行った若者達の長らく故郷新聞を送り続けていた。かたわら骨董?お宝?を集めて?中でも 俳句 歌など作家直筆の書画 短冊 昔の銅鏡 キリシタンの踏み絵板 歴史的文化財が
なにげにそこかしこに飾られている。井上光晴と親しかったようで
彼の直筆の いつも君を念じて思っている という額や
照一さんがまた詩人で素晴らしい書や詩 が額になっていて
すべてが癒される最高の宿でした。
こんないい場所があるのねえ。
何がいいって 癒される、としかいえません。
また必ず訪れたい宿です。
今風の高級な癒されます宿とは比べられない 心に残って考えただけでウルウルしてくる宿でした。
東京からは果てしなく遠いところにまだ心は残っているのであります。また訪れたい。
ちなみに私たちの部屋は啄木の間。函館生まれの私には好き嫌いは別にして 暗誦した函館の青柳町こそかなしけれ友の恋歌矢車の花。故郷の山に向かいて云うことなし故郷の山は懐かしきかな。
さあこの 今は亡き照一さんは当時予約客で連日満員だったが毎夏 売上げの全部を地元の障害のある方たちを招いて 施すという
ことをずっとされていた方。凄い人。
奥さんのチヨさんは まだ若い皇后陛下 皇太子夫人時代
招かれて会食なさった方です。
感動の西海市でありました。
アクセス は長崎から車で一時間半。
または椿の宿は長崎 から佐世保から船で大島そこからタクシ-で10分です。
北海道チャリテイ講談会
ばらのおうち文庫主催札幌清田区区民センタ-で
女川図書館へ本棚を送ろうという チャリテイ講談会ありました。
大雪!!!の中200人もの方々が来てくれました。ばらのおうち文庫の仲間達と地域の皆さんの御蔭でございます!
全額本棚と郵送代金になります!
その翌日は初めて様似にいきました。
様似のお寺浄土真宗のお寺の奥さんの坊守さんと呼ぶそうですが
テラトモのみなさん 料理上手による たらの昆布締め
ずっと時化ていたのですが当日朝快晴となり漁に出られたのです。
生たらの昆布締め 美味しい。タコ刺し美味しい ツブ刺し
美味しい ずくしの福島チャリテイ講談会
りっぱな寺 料理上手の檀家さん 働きものの坊守さん
皆さんに感謝です。様似は奇石といわれている橄欖岩の産地でもあります。知らなかったけど函館と同時期に開港して函館より繁盛していたのだ、襟裳方面は初めてだと思います。ばらのおうちのIちゃんの運転さんきゅう-でした。
アイラブ北海道です。
イケメン俳優
最近の喜びは寝る 食べる イケメン俳優とのテレビ面会
綾野剛が出た!!偶然見られました。
世の叔母ちゃんは皆同じことを感じているのだなあ~
モウ一人韓流のイ・ミンホ イミンホのシテイハンタ-に嵌まって以来。イケメン好きになった。 毎日見ていたら 正統派ハンサムになれて ハンサム顔発見器になってしまった・
あら!この人もハンサム顔だったんだと・もちろん全員芸能人
ハンサムは日常空間にはいません。全員芸能人になっています。
ト-タル松本がハンサム顔だと気ずきました。
こういうのに喜び感じる私の今日この頃であります。平和です。
岩手県山田町へ
海のすぐ近いところにあるが高台 愛宕山の石段より高いところにあるので津波の被害には遭わなかったが多くの信者 檀家さんが被害にあい亡くなり遠方に行った 日蓮宗の善慶寺さんに招かれた。
地震が大きく長い時間あったのでこれは大きな津波が来るとずっとビデオを撮っていたのです、この寺は一時避難所になっていて多いときは100人くらいいたそうです。
その三浦上人はエライ方なのにとてもキサクでこれからの時代のリ-ダ-なんだろうと思います。 その次男さんの百日帰山祝いに呼んでもらいました。意味もわからずうかがいました。
まず 朝 山田漁港にての復興祈願行水でふんどし一丁の行僧たちによる読経行水で冷水を浴びた背中が真っ赤になっいきます。
我々も南無妙法蓮華経を唱え行列して寺にむかいます。そのあと本堂にて厳かに帰山式読経が終わりリ-ダ-が挨拶(感動)御子息の恵廣上人の挨拶。いやあ まだ若いのに 二十代そこいらですよ・100日間睡眠時間一日二時間。ご飯は一日おかゆ二杯。あとは読経、しかも木綿の修行衣 、ムシロに正座。 そして行水。
私ならとっくに激怒して脱走しただろうに・やり遂げたのである。
尊いことであります。未だに後遺症で下半身麻痺しているのだそうです。精悍な若者でありました。ここの長男さんもイケメンで優しそうです。長女も美人次女も可愛くて性格がいいのであります。
子育てうまいなあと感心いたしました。陰で支えているのが奥さんです。自分の為の時間なんてめったにないのだろうなあ。アッパレな女性でした。
肝心なのは 被災した皆さんのまえで介護講談 どうなんだろう???と半信半疑でしたが皆さん笑ってくれました。
笑いたかったんだなあ~と思いました。
また皆さんの笑い顔が慈悲深くって感動しました。
私こそ元気をいただきました。ありがとうございました。
翌日は山田漁港での牡蠣小屋 牡蠣三昧。山盛りのかきを腹いっぱいごちそうになって 翌日は奥州平泉金色堂と毛越寺へ・
これだけの東北の覇権を奪い中央集権した族たち。
時代といえば仕方ないが だまし討ちしたのだろうな~。
その強い族が天下ととって今に至る。
私は河原の塵芥。臭いものに蓋。長いものに巻かれる。
余計なことを思わずに今を大切に。
今考えるべきことは愛宕山梅香の誉れだ。
初益田沖縄 再別府
いわみ神楽で有名な益田へいつか近隣の神社で本物の石見神楽を体験したのであります。
沖縄は23度暖かくのんびりしました。どこもかしこも基地だらけ
本土決戦で多くの人命を失った糸満をかかえていますから一日も早く基地は全部無くなっって欲しいが実際もんだい経済は基地にいぞんしているので 基地は存続して欲しいという複雑な沖縄の人々は優しく穏やかでありました。高級有料老人施設のポ-トヒロックは
老後ここで生活したいわあ感満載でした。
東京から見たら西南で日本列島の西の果ての与那国のショッパイ黒糖のフアンになりました。
与那国黒糖は私のチョコレ-トであります。大分県別府明礬温泉は山田屋旅館の緑温泉はピリリとしみていい風呂でした。
料理大好き女将のベリ-グッドな宿でありました。
東京は少しは春めいた日ざしはあるものの寒波ねるらダス。
今日は赤塚不二夫のレッツラゴンに脳みそを麻痺させるだわす。
赤塚不二夫はやっぱり凄い!!
おそまつ君を中井のフジオプロのバザ-で買って読んだ。昔リアルタイムで読んでいたころはイヤミもチビ太もデカパンもキライでおそ松一家の敵だと思っていたが57歳になって読み返したら ちび太の健気さ イヤミの哀愁 デカパンの情けに初めてきずきました。爺ちゃんを失って茫然自失している私を救ってくれました。
わたしは赤塚漫画に洗脳されその世界、爺ちゃんの介護で大いに花開いたのだったのねえ。 すっかり嵌まってしまったが本屋に行っても赤塚漫画は売っていない。淋しい。アマゾンで買うしかないのか?
そもそも何故でいままた赤塚不二夫かというと先日師匠の知人の敏としさんの葬儀へ落合斎場へ行った。敏さんはダ-クダックスの花とメルヘンの作曲家だ。メルヘンという言葉を世に出した方である。 68歳で亡くなった。メルヘンは死んだ。中井駅に行くと、中井染めの小道というイベントの真っ最中で このあたり染物やがあるので 街をあげてお祭り最中だった。近所に赤塚プロのビルもありグッズ販売のちらしを見て尋ねておそまつ君を買って読んだ。帰りの西武線の道中ワライが止まらず、にやけっぱなしだった。
もっとイロイロ読みたい。これからの老後への駆け足にさいして
バイブルになるのである。
そのあと 池袋のBEDで本田Qさんのライブへ行った。
ヒップホップのラップのライブだ。翌日早く地方に行くので
一時頃帰り本田Qさんのラップは聞けなかっったのでCDを買ってきた。 ラップを唄う彼らは皆真剣だった。一生懸命 唄い訴えていた。面白かった。やはり異世代のかたたちの活動も大いに勉強になりました。本田さんはとても才能のある青年でありました。
売れるかどうかわかりませんが 芸術家でした。詩人ですね。
49日終わる納骨へ
そのうち写真をアップしますが 骨がイエに無くなっただけでほっと一安心しました。
疲れが出てきました。
三鷹温泉となずけている楢橋さんに足つぼマッサ-ジしてもらいながら回復しつつあります。
四十九日間たしかに爺ちゃんの魂はイエの白木の位牌にいました。
ようやく放たれたのねえこれから六道ツア-に向かう道中。先に行って修行していてください。あとから 同じところへいけるかどうか知りませんが 行きます。
いやああほっとしました。
一年は夫と私は神社の鳥居くぐれません。銀冶はその半分とか。
喪中あまり肉肉しいものは食べないようにしていますがそれでも口にします。するととたん動物的になる私です。本当は精進がいいのですがそうもいきません。
喪中っって動物的感覚が敏感になる私です。というはちょっとケモノです。
女川へ福島へ
札幌のばらのおうち文庫主催の高橋洋子さんに誘われて行ってまいりました。 ぱらのおうち文庫が応援しているちゃっこい図書館とこれから作るモウ一つの図書館 中村正俊がカンパした500万円のトレ-ラ-オレンジハウスも見てきました。狭い避難所には必要最小限の物しか置けないだろうし殺風景なつくりの避難所にはないカラフルな空間がオレンジハウスでありデイサ-ビスのようなことやお話会 ミニ映画上映も行っているようです。十人に一人が無くなって街が全部流されてしまい夢も希望も描けないなかちゃっこい図書館やオレンジハウスが子供達のいこいの空間であり夢を描ける場所である。町の復興の予算には子供の夢を描くのは それで飯が食えるのか?ということで まだまだ 支援がないとやっていけないのである。 ちっちゃい図書館は本を借りた子には折り紙で作った宝石箱。指輪 折り紙の携帯がプレゼントされる。折り紙のおもちゃ。何も無いからこんなささやかなものに喜んでくれるのです。綺麗でかわいくて感動しました。センスある器用なかた是非きれいなものを折ってプレゼントしたら喜んで受け取ってくれるでしょう。
あて先は女川のちゃっこい図書館です。
福島では 内藤いずみ先生のこうえんを聞いて癒されました。
泣いている私にびっくり。またききたい。
夜は永六輔 鎌田實 内藤いずみのお話。
素晴らしかった。また聞きたい。勉強しよう。
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